インタビュー適応策Vol.44 岩手県

海面養殖で水産業の活気を保ちながら、秋鮭が帰る海の回復を目指す

取材日 2023/6/15、16
対象
  • 宮古市 産業振興部 水産課
    • 課長 田代英輝
    • 副主幹兼水産振興係長 中野昇二
  • 宮古漁業協同組合 総務部
    • 指導課長 増養殖担当:高浜水産研究センター長 芳賀 徹
  • 岩手県農林水産部 水産振興課
    • 主査 宮本雄一郎

まずは岩手県の水産業の現状と、気候変動などによる影響についてお聞かせいただけますか?

宮本さん:岩手県の水産業は東日本大震災で大きな被害を受けましたが、その後漁業が再開し、秋鮭、サンマ、スルメイカといった主要魚種が徐々に回復傾向に向かっていました。しかし近年の海洋環境の変化などの影響により、特に秋鮭に関しては震災前の水揚げの2%程度まで漁獲量が落ち込んでいます。さらにサンマ、スルメイカに関しても、全国的な資源の減少に伴い水揚げ量が落ちていて、非常に厳しい状況です。

水揚げされた魚
水揚げされた魚

水産業を基幹産業とする宮古市の現状はいかがですか?

田代さん:平成21年の水揚げ量は4万5千トンでしたが、令和4年のデータでは2万トンという結果が出ています。主要魚種の秋鮭については種苗を育成して放流するという増殖事業を行い、帰ってきた秋鮭を定置網で取るという手法をこれまでとってきました。しかし、近年放流をしても、なかなか思う通りに秋鮭が帰ってこないという問題があります。サンマについては三陸沖が好漁場とされ、そこから近距離の宮古からも水揚げされて全国各地に輸送される流れがありましたが、同様に取れなくなってきているという現状があります。スルメイカやタラの漁獲量も右肩下がり傾向で、これら主要な4魚種の減少が非常に大きな痛手です。

田代氏

これらの要因のひとつとして、海水温の上昇が挙げられますか?

宮本さん:海水温の上昇はもちろんですが、複合的な要因があるといわれています。特に秋鮭に関しては、津波で孵化場が被災し、稚魚の放流数が一気に減ったことがひとつのトリガーとなっています。そこに春先の水温が上がるなどして稚魚がストレスを受けたり、餌となるプランクトンが減ってしまったりして、北上回遊する稚魚が初期減耗することによる回帰率の低下につながったということも考えられます。

田代さん:魚以外でいうと、宮古は日本でも有数のワカメやコンブの産地であり、ウニやアワビも貴重な資源です。しかし温暖化による磯場の変化で、アワビの餌になる海藻が少なくなる「磯焼け」が進んでいます。平成21年では100トン以上の水揚げがあったアワビも、令和4年度の実績だと30トンまで減少しているという現状です。

そこで人工的に、海面である程度コンブを大きく育てて磯根に移植し、アワビが成長できるような藻場づくりにも取り組んでいます。また、食欲旺盛なウニがコンブを食べ尽くしてしまわないよう、海中で過密にならないようにウニを取って陸上で給餌して身を肥やし、商品として出荷するような取り組みも始めているところです。

県として、今後気候変動が進んでいくという前提で、どのような対応策が考えられますか?

宮本さん:現状を踏まえた取り組みとしては、3つあります。1つ目が、鮭をはじめとする主要魚種の回復。2つ目が、トラウトサーモンなどの海面養殖。3つ目が、イワシやサバなど漁獲量の多くなってきた暖流系魚種の有効活用です。環境変化に対応しつつ、新しく取れる魚をどれだけ活用できるか。その両方に取り組んでいこうと思っています。

1つ目については具体的にどのようなことが行われていますか?

宮本さん:秋鮭の資源回復については、県と漁業協同組合、岩手県さけ・ます増殖協会が連携して、大型で強靭な稚魚を春先の高水温が来る前に放流し、早く北上できるような取り組みを進めています。

一方で、海洋環境の変化で主要魚種の資源回復が難しい場合は、新規魚種についても考えていかなければならないと思っています。岩手県は、夏は海水温が25度程度まで上がる一方で、冬は2度近くにまで下がるという、非常に温度帯の広い海域です。ゆえに、この環境に合った魚種を探すのに大変苦労しています。現在は、高水温にも低水温にも強く単価の高いアサリに着目し、ホタテの施設を利用して生産ができないか検討しているところです。

いきなり漁業者が量産を目指すのはハイリスクですので、まずは県の水産技術センターにおいて、本県の海洋環境に合った魚種を開発し、現場実証しながら漁業者に技術移転をしていくという流れを考えています。

宮本氏

2つ目について、宮古市はトラウトサーモンの海面養殖にも力を入れられています。現状についてお伺いできますか?

中野さん:令和元年度に宮古市が宮古漁協に委託し、実証実験を始めました。最初は生簀を2基設置して水揚げ50トン、翌年度からは宮古漁協が主体となり実施し、昨年度の令和4年度に生簀を3基に増やして、今年は120トンの水揚げを目指しています。トラウトの評判も上々で、単価も高いです。漁協の皆さんも、非常にがんばってくださっています。

芳賀さん:本日(6月15日)だけで10トンの水揚げを行いました。これは、通常よりも非常に多い量です。本来であれば7月中旬くらいまでの計画で水揚げをしていくのですが、沖合に23度以上の高い暖流がきていることから、急遽水揚げ量を増やしました。トラウトサーモンは、20度以上になるとへい死が増えるといわれています。表面水温も18度近くと高めで、水に浮く配合飼料も食べにくくなっていることから、個体が痩せることを危惧して早めに水揚げを終えてしまいたいという理由もあります。環境は逐一変わるので、状況を都度見ながら判断しているところです。

海面養殖にも気候変動の影響が現れてきているのですね。一方で3つ目の取り組みである、漁獲量が増加傾向にある暖流系魚種の有効活用についてはいかがでしょうか。

宮本さん:岩手県で近年水揚げ量が多いのは、イワシです。現在、年間で1〜2万トン水揚げされています。他にも多いのはサバです。震災後は特に多く、取れる時期も昔は6〜7月ごろだったのが、近年は5月から取れるようになっています。

しかし魚種が変わってしまうと、加工業者が持っている生産ラインでは対応できないケースもあります。それは流通業者も同じです。ハード整備を無理に進めるのも現実的ではないことから、短期間での魚種転換はなかなか難しいと感じています。しかしたとえば、いまある生産ラインを利用して新規魚種に対応した加工技術の開発や新製品の開発、新成分の抽出などを行うことで商品価値を高め、新たな商売を生み出していけるよう、県でも支援していきたいと思っています。

いま取れている、サバやイワシなどの品質についてはいかがでしょうか?

中野さん:冬のサバやマイワシは素直においしいです。あと、この辺では「ショッコ」と呼ばれる、ブリになる前の40センチほどの小さい魚はとても味がいいのですが、少し出世した「ワラサ」は脂が少ないですね。さらに冬のブリもとてもおいしいのですが、特産品にするほどの漁獲量は今のところないというのが現状です。

宮本さん:そして大前提として、代替魚種が増えてきたとしても、メインとなる秋鮭など、定置網の大きな柱となっていた資源が回復しなければ厳しいという現状は変わりません。

最後に、みなさんのお仕事に対するやりがいや、今後の展望について教えてください。

宮本さん:大震災以降、海洋環境の変化もあり、浜で魚が取れなくて漁師さんの元気がない状態が続いています。それでも取れ始めている魚種はありますし、アサリをはじめ、海面養殖可能な魚種が他にもあるかもしれませんので、小さいことを一つひとつ積み重ねて、少しでも水揚げ量が増えるように取り組んでいきたいです。

芳賀さん:現在はトラウトサーモンの養殖に取り組んでいますが、これ以外にも養殖の可能性のある魚種はありますので、それを関係者の皆さんと考えながら水産業に取り組めるのは面白いです。若い方にもぜひ飛び込んできてほしいと思います。

田代さん:いままでは「とる」漁業でしたが、これからは環境に対応して「つくり育てる」ことも重要です。難しい話ではありますが、これをクリアしないと食べるものがなくなってしまいます。これまでの漁業とは違う形になりますが、どこまで魚を作り育て、確保できるかという意味で、テクノロジーを活用していくことも大切です。漁業が変わり続けるなかで、未来を見据えながら我々にいま何ができるのか、情報共有をしながら対策を立てていけるところはやりがいでもあります。

中野さん:すでにトラウトサーモンの海面養殖を始めていますが、これからは、取れない魚を補完するために陸上養殖を含めた対応が必要になってくると思います。さらに魚種の変化により、最適な漁法についても考えていかなければなりません。引き続き関係者と情報交換をしながら、次の手を先に打っていけるよう努力したいです。

旬のおいしい魚が安く手に入る、というのが水産の町の特徴ですので、獲れなくなって高くなった魚を無理して買うということは、なかなか難しいと思います。宮古のトラウトサーモンも決して安い値段ではありませんが、脂がのっていて、お金を出してでも食べる価値があると思えるおいしさです。ぜひ、多くの人に召し上がっていただきたいと思います。

この記事は2023年6月15日、16日の取材に基づいています。
(2023年8月3日動画掲載 / 2023年7月13日掲載)

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